研究内容

私たちの研究内容の概要を説明します。

がんは、特定の細胞種と分化段階にある細胞を発生起源としています。その多くは組織の幹細胞や前駆細胞と呼ばれるもので、腫瘍化した後でもその形質を不完全ながら保持していることが一般的です。一方、がんの原因として変異の見られるがん遺伝子やがん抑制遺伝子は、がんの種類によって大きく異なることから、遺伝子機能と起源細胞との間には一定の関連性があることが示唆されます。この関連性は、小児や若年者のがんでより強くなる傾向があり、実験病理学部門で主たる対象としている白血病や骨軟部肉腫はその代表的な疾患と考えられています。

 (1)  白血病と骨髄微小環境

急性骨髄性白血病(AML)は骨髄顆粒球の前駆細胞を起源とする悪性腫瘍で、幼若な形態を示す白血病細胞(芽球)の単調な増殖を特徴とする疾患です。MLL、RUNX1、C/EBPa、NPM1、CBFB、RARa、HOXA9など転写制御に関わる遺伝子が原因遺伝子として多く同定されています。私たちは、HOXA9とその協調遺伝子MEIS1という2つのホメオドメイン転写因子をAML原因遺伝子として同定し、その役割を研究してきました。HOXA9はNUP98と融合遺伝子を形成して原因遺伝子となっているだけではなく、MLLやNPM1などの異常で高い発現を示すことがわかっている白血病悪性化に重要な遺伝子です。一方、Meis1は正常造血に不可欠な遺伝子で、心臓や血管、網膜の形成にも重要な役割を担っています。

  正常マウスの骨髄前駆細胞にHOXA9を発現させると試験管内で不死化させることが出来ますが、MEIS1にそのような機能はありません。ところが、マウスの生体内で骨髄移植により白血病を発症させるにはHOXA9の発現のみでは不十分で、MEIS1の共発現が必要になります。私たちは、MEIS1の機能が白血病細胞の骨髄微小環境(造血ニッチ)への定着を促進することで、白血病発症を誘導することを明らかにしました。現在、白血病細胞と微小環境との相互作用に重要なさらなる因子の同定を継続しています。

(2)  TRIB1 pseudokinase が白血病悪性化の鍵を握る

MEIS1とともにHOXA9の協調遺伝子として同定したのがTRIB1です。TRIB1は偽キナーゼ(pseudokinase)という、キナーゼと類似の構造を持ちながらリン酸化活性が失われているタンパク質をコードする遺伝子です。TRIB1はC末端にある2つのモチーフにより、E3ユビキチンリガーゼのCOP1とMEK1と結合し、それぞれC/EBPa転写因子の分解とERKリン酸化の亢進をもたらします。この2つの作用がTRIB1の強い白血病発症能の基盤となっています。TRIB1はHOXA9を発現するAMLダウン症候群に関連するAMLでシグナルの亢進が認められ、このような症例で新たな分子標的とするべく研究を進めています。

 

(3)  骨軟部肉腫の発症機構と融合遺伝子機能

骨軟部肉腫は、主として骨や筋肉などの支持組織から発生する間葉系由来の悪性腫瘍で、がん全体の中でおよそ1%を占めるに過ぎず、希少がんの代表例として扱われています。30%の肉腫が原因遺伝子として転座や逆位といった染色体異常に起因する融合遺伝子を有していることが特徴の一つで、融合遺伝子をもつ肉腫は小児や、思春期・若年成人(AYA世代)に多く発症する傾向が見られます。他のがんと異なり、発生起源が未だに不明な肉腫も少なくなく、多くは転写因子として機能する融合遺伝子と起源細胞のクロマチン特性との相互作用の重要性が示唆されます。

  私たちは白血病の骨髄移植マウスモデルにヒントを得て、マウス胎児の間葉系細胞を取り出し、迅速にレトロウィルスベクターでヒト融合遺伝子のcDNAを導入した後ヌードマウスに皮下移植する系を立ち上げました。この結果、発生起源が長く不明で動物モデルの存在しなかったEwing肉腫のマウスモデルの作製に世界に先駆けて成功しました。このモデル化によりEwing肉腫の少なくとも一部は胎生期に一過性に存在する骨軟骨前駆細胞から発生することが明らかになりました。現在までに6種類の融合遺伝子関連肉腫のマウスモデルを確立し、肉腫の発生機構、融合遺伝子の機能、新たな治療法の開発といった研究に利用しています。さらに、エピゲノム編集を用いた肉腫の治療法開発も行います。

(4)  がんと微小環境の相互作用における細胞内小胞輸送の役割

胞巣状軟部肉腫(alveolar soft part sarcoma, ASPS)はAYA世代に発症する起源不明な軟部肉腫です。増殖は緩やかですが高頻度で全身に転移する傾向が強く、効果的な治療法がない予後不良な疾患です。ASPS独特の血管新生と腫瘍細胞と血管との親和性が高転移性の要因となっていると考えられています。私たちはASPSのマウスモデルの解析から、原因融合遺伝子ASPSCR1-TFE3による細胞内輸送経路の活性化がASPSの血管形成に必須であることを明らかにしました。すなわち、小胞輸送を促進するRAB27A/SYTL2と血管形成因子PDGFB/VWF/GPNMBがASPSCR1-TFE3が認識するスーパーエンハンサーによって高発現することで、血管周皮と血管内皮が誘導されて腫瘍細胞と一体化した胞巣状構造を形成すると考えられます。この構造は京都大学工学部の横川隆司先生との共同研究によりマイクロ流体デバイスを使ってin vitroでも再現することが可能となりました

  一方、AMLにおいてもRAB27B/SYTL1によりケモカイン受容体CXCR4の膜輸送が促進される結果、白血病細胞の骨髄ニッチ占拠が進展されること明らかにしています。白血病と肉腫に共通して微小環境との相互作用に対する細胞内小胞輸送の亢進の重要性が提示され、がんの新たな治療標的として阻害薬の探索を進めています。

(5)  TRIB1/COP1タンパク分解系の研究

TRIB1ノックアウトマウスではC/EBPaの過剰な蓄積が生じるため骨髄顆粒球の過分化や好酸球、マクロファージの機能異常が生じるものの造血異常の効果は限定的です。一方、最近作製したTRIB1のパートナーのCOP1ノックアウトマウスでは、B細胞分化の高度な抑制など免疫系に強いフェノタイプが出ることがわかりました。白血病発症と免疫細胞分化制御を結びつける新たな経路として研究を開始しています。